2014年12月21日日曜日

手術を終えて

 手術を終え、病室に戻ると姉と旦那はんと義母が待っていた。

「起きてる~」「意外と顔色がいい~」などと言っている声が聞こえる。

「気分はどお?」と言われ「痛い」と告げた後に手術を受けなければ痛くなかったのに、たまったもんではない的な恨み節をうつろにも嘆いていた。

で、どーせ痛いのに早く動かさないと動かなくなるとか言って怒るんだよ」と可能な範囲で腕の運動をはじめた。

そのうちに看護師さんが入って来て「あら!術後4時間は安静にしててください!」と言われてしまうのでしたが。

4時間後、部屋の外まで歩く練習などをして色んな制限がとけた。

水を飲んだ瞬間、気持ち悪くなり。

あんなに手術前には「夕飯は出るのだろうか?夕飯までは何か食べても良いのだろうか?」と聞いていたのに何も入る気がしない。

結局夕飯は大好物の生姜焼きだったのだが断腸の思いで下げてもらった。

悔しがっていると後から合流した両親を含めみんなが声を揃えて「あんたが思うような生姜焼きじゃないから安心しろ。食べたいものがあったらまた今度買ってきてあげるから!」となだめられた。わしゃ小学生か!

心配されるも面会時間も過ぎたので帰ったいったが、やはり夜中には腹が減り、買ってあったパンと小さなカップラーメンを食したのである。

早く過ぎて欲しかったが、来て欲しくもなかった一日がやっと終わった


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痛みは突然に

 何から伝えればいいのか わからないまま時は流れて

浮かんでは消えてゆく ありふれた言葉だけぇ~~~!

と、気づけば入院から2ヶ月近く経過していた。

反省とともに思い返していきたい。

入院して中々寝付けず夜中に冷蔵庫を漁っていたら看護師さんが入ってきた。

「眠れませんか?」
いえ、寝れるし、これは違います、違うんです的にうろたえてしまった。

てへぺろである。すると毎日の見回りの時間を教えてくれた

その時間には寝たふりをしようと決めた。

食欲もあり、病院食も平らげおやつや夜食も食べていたので、前日夜からの絶食が不安だったが、手術の順番が一番だったので少し安心した。

手術前日、乳腺外科、形成外科の先生が別々にやってきては体にマジックで印や線を書いていった。風呂には入ってもいいが、ゴシゴシは洗わないでね、消えちゃうから的な話らしいが、油性だったのか?ゴシゴシ洗わなくても薄くなってしまったのですが。

やっぱ当日書き直してたので、当日でいいんじゃねーかと思ったが、きっとそーゆーことではないんだろう。

手術室まで自分の足で歩いて行き、逃げ出したい気持ちを抑え手術台へ。

気がつくと「終わりましたよ!」と大きな声で起こされた途端に痛みが走る。

ガンと言われてから痛くも痒くもなかったのだが、痛みと対面した瞬間なのでありました。

つづく。

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アナタも私も知らない世界

私は昭和の女。 48年生まれ。 私が小学生の頃だったか、お昼に「 あなたの知らない世界 」というのをやっていた。 それはお昼という時間帯に相応しい情報でも、マツコが変わった一般人に教えてもらうものとも違う。 昼のワイドショー的なものの中に夏休み期間にやるオカルト再現フィ...