2015年10月7日水曜日

こんな身体になってしまった。

ここのところ、この病気になってからのことを振り返ることが多い。
1年が経過したからかな~って思ったけど、いや、何か違う
北斗晶氏が乳がんを発表し、手術、退院、会見を連日テレビでやっていたからだ。
出来た側もリンパの転移も同じだったので、周りの人は私の1年前とダブったようだ。
当の本人は最初はそんなに思い出すこともなく、大変だね~くらいにしか思ってなかったけど、連日の報道、ブログの紹介で、「右手禁止」とか似ていることが多いとか、そんな事思ったりしたかな~って思って振り返ったんだなぁ。
とある日のブログです、ってのに、「こんな姿に」とか「傷口を見せようと思う、気を付けないとこんなになっちゃうんだよ」的な内容があったと紹介されていた。

そりゃ「こんな姿に」「こんなに」なっちゃった人たちに失礼だろ?

私の場合ガンの原因は、なんだったかはわからないが、「ガンにならない生活」なんてものをしてこなかったから、思い当たる節はいくらでも出てくる
周りの友人、家族には同じ思いをして欲しくない
だから検診には行って欲しい。
姪や甥には生活習慣を変えて欲しいが、正解なんてわからないし、若い時はなにを言ってもイケイケなのだ。言ったところで気づいた時でなければ煙草も辞めないし、自分の意識だろう。
検診に行ったところで、ガンが発生していた場合は治療ということになるであろう。
温存や放射線、抗がん剤、全摘、治療拒否。
どの方法を選んでも身体に不具合はくる。
ガンというのはそういう病気なのだ。
お恥ずかしい話、ガンと言われた時全然ピンと来なくて風邪程度に思っていたっつ~か、はいじゃあ治してくださいくらいにしか思ってなかった。
治療方針を聞いていくうちに、事の重大さに気づいていったというか。
私も最初、全摘と言われたときは嫌だった
ほかに方法はないのかと思ったし、できれば切りたくないとも思った。
でも切ってみて、同時再建を選んだから悲壮感があまりないとか言われちゃうとそうかもなんだけど、問題はそんなところになくて
高橋ジョージ氏は唄った「なんでもないようなことが幸せだったと思う。」
しかし人は悲しい生物

日々刺激を求め、変化を願い、しまいにはSNSにアップしたり。
ネット上での人との幸せ度数を競い、「ネタ」を探し続ける。
いや、なんでもないようなことというか、普通、がとても幸せなことなのだ。
病気になんかならないほうがいい
普通に生活することの有難みは問題が、健康の有難みは病気になってからしかわからないのかもしれない。
昔檀家の和尚さんが言った「難が有るから有難みがわかる
私のブログを見に来てくれる人のほとんどは、抗がん剤の副作用とジーラスタのことを知りたいと思って来てくれる。
これからきっと抗がん剤治療が始まる人が多いんだと思う。
ってことは、がん患者さんか、その家族の人だよね。
いつも駄文を読んでくださりありがとうございます
病気になり、手術・治療を受け必死になって「生きた」1年間。
ハゲ頭さえ勲章。傷口もしかり。
どんなに気をつけても病気になってしまうことはある。
それで姿がかわってしまっても、私には本当に愛すべき家族や友人がいたし、皆変わらず私に接してくれる。


だから言いたい。
別に変な奴らだらけの世の中ジャン。
あなたは変でも「こんな」でもない。私も。


ロックンロール。



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2015年10月5日月曜日

ガンの先輩・後輩

乳癌全摘出手術の時と、抗がん剤の副作用による高熱の時の入院は個室だったこともあって、いわゆる「がん患者」さんとの接触がなかった。

友人の母が以前乳癌になったとのことで、告知後お話を聞かせてもらった。
温存手術だったので、「今はあの時より進んでいるんだから手術もあっという間よ!」という話を聞かされてからの「全摘出告知」だったので、乳がんの人の話もそれぞれなんだと知った
なので一喜一憂するくらいなら、変に情報は入れなくてもいいとあんまり色々調べたりしなかった。
最近ではテレビで乳がんについて詳しく教えてくれる。あ~そうなんだ~(๑¯ㅁ¯๑)と思うことも多い。
再建の手術の時は、2人ほど乳癌手術を受けた方と同室になったが、歳が若干離れていたのと、その方たちも色々聞きたいこともあったみたいだが、別の病気で同室の人が話を遮ってくるので特に話もできなかった。
ここまでお気楽にこれたことの理由の一つにそのガンの世界からの孤立があったからかもしれない。
いい意味でも悪い意味でも

落ち着いてきたので、店を再開しようととある卸問屋さんへ。
あら~久しぶりね!と御年80オーバーの女将さん
体調を崩していたというと、何か聞かれるので乳がんと答えた。
あら。私もなのよ!と私より2年先輩の乳がん患者で偶然にも主治医も全く一緒だった。
いくら元気とはいえ、80過ぎてる方との感覚とはやはり共感できる部分も少なく。
お互い「まー、あの先生信じてりゃ大丈夫よ!」という着地点で話が収まった。
というわけで、ネットを見るのも最小限、患者会にも行かないので患者同士の交流もない。
それでも、友人がアマニ油っていいみたいよ、と1本くれた。
何がいいのかもわからなかったが、病院に行くたびに「日経ヘルス」を買っていたので何だか1日スプーン1杯飲むといいとのこと。
今年の春にがん告知をされた友人には、すでに先輩ヅラしてトーク。
しかし、糖が悪いと逆に教えてもらい、糖質制限ダイエットを始める決意をする。


乳がんのことをブログで書こうと思ってから、ランキングに参加した。
しかし、これが何を意味するのかわからず。現在に至る。
ふと、この「日本ブログ村」というところの人気ブログランキングを見る。
あ~この人は再発なしなんだ~。とか
へ~そんなピンクリボン的なイベントあるんだ~。
などと感心しながら見ていると糖質制限始めた人発見!ガンになったのは私より1年先輩らしいが、ここに行き着いたか・・・同士よ!などと思うも、患者様たちとのコミュニケーションを取って来なかったのでどうコメントしていいのかわからず、じっくり読んできたのでありました。


現実でも人付き合い下手なのですがね!!

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2015年10月4日日曜日

抗がん剤~今までを振り返る

腫瘍マーカー(CA15-3)が微妙なライン(25)だったので先生も悩んでいたのだったが、ガンの性質やリンパに転移があったことも考え、抗がん剤をやることに。
それが終わればホルモン感受性が陽性だったので5年間ホルモン治療になるとのこと。
抗癌剤治療中は手術ができない(免疫力が著しく低下する)ので、再建もその先に。

抗がん剤の予定はまず抗がん剤を打って、ジーラスタという白血球を上げる注射を3日後にうち3週間後にまた抗がん剤3日後にジーラスタという感じでECという抗がん剤を4回、DOCという抗がん剤を4回、約半年やる、というものだった。

ECという抗がん剤は打ったその夜から気持ち悪さが半端ない。健康になるためにこんなに調子が悪くなるものなのかと多少の疑問はあったが、まあ言われた通りやってみよう。
って、3日後にジーラスタ注射。新薬らしく高いけどいいって言うんで打ったけど。
骨のギューって痛みが半端ない時がある。
これを打たないと白血球が下がってしまい、もっと調子が悪くなるってんだから仕方がない
抗がん剤で気持ち悪くなっては1週間が過ぎて落ち着いた頃にやっとご飯が食べれるともりもり食べて、甘いもの苦手だったはずが大福やきんつばを食べ続けたりであっという間に肥える
生きるために食べることは必要だし、この時は自家組織による再建を考えていたので太っても仕方ないし、ガンになって痩せちゃうよりは「いや~見た?あの痩せ方。死んじゃうね!」なことを影で言われることがないからいいかな。生きてきて一番たくさん食べた時期だったような。

でもまあ、普通は薬を飲んだり注射を打ったりすると元気になるものだが、これはそうはいかない。ビックリするほど調子が悪くなるし、心が折れる。マジでやめれないものかとも思うが根性がないと思われても嫌なので耐える、耐えるのだ

ジーラスタを打ったとしても、やはり免疫力が下がるので外出は控えめだが、どうしてもの時はマスク着用!アルコールジェルを除菌ウエットティッシュは必需品
菌に対してすごい神経質にならなければいけないのも大変だった。面倒が嫌いだからズボラだったのに。

前半戦が終わり後半戦のDOCだったが、ジーラスタを打った翌日から発熱・湿疹などの症状が続いた。原因は不明だったが、もう続行は不可能だったので1回で終了という運びとなった。
腫瘍マーカーは抗がん剤中、下がるどころか上がっていった。(最高で31
6月終了予定だったのが、めでたく5月からホルモン治療に切り替わった。
おかげさまで8月の血液検査での腫瘍マーカーは12.8まで落ち着いた。
ありがたい。色々と大変なこともあったが、1年通して振り返っても治療のハイライトは抗がん剤だったと思う。
意味あったのか、云々ではなく、やったものにしかわからない。

よく、がん患者は卑屈で意固地になりがちとかいわれるけど、この抗がん剤に至っては本当にやった人しかわからない苦しみがあると思うんで、「この辛さわからないくせに!」みたいになってしまうのは仕方がないと思う。

私はこんな経験自分の家族にはさせたくない。

わからないくせにわかったこと言うような人も周りにいなかったし、心無い顔見知り程度の人に何か言われたとしても右から左へ聞き流してたし。

終わってみて、今後ガンになったとして、抗がん剤を選択するかと言われたらノーだけど、今回抗がん剤をやってみて後悔しているかと言われるとそれもノーである。
経験してみなければわからないことってあるからね。
私には強烈に合わない代物だということがわかったし、抗がん剤をやらなきゃいけないかも・・・みたいな体にはもうなりません!って気持ちで健康に気を使うようになったんだと思う。生活なんかはもうすでに変わっていたけど、抗がん剤のおかげで考え方がだいぶ変わったと思う。

再建の手術はお腹のお肉を使ってもらおうと息巻いていたのだが、先生の反対もあったのと
それからDOC後の高熱で入院してなければ意地でも自分のお肉を使ってもらおうとしたと思うんだけど、この入院で足腰が滅茶滅茶弱った気がして、また寝込むのが怖かったのだ
お腹を切るとしばらく立ち上がれないからね。

まあ、シリコンは10年後とかには入れ替えなきゃしれないかもだから、その頃にきっともっといい治療方法がありまぁす!ってなんちゃら細胞的な!のでもっとよくなることを期待して、その時までの仮の姿なのだ!と思っている。乳頭再建はまだ悩んでるけんね~。
生理がきたら、止めてもらうホルモン注射を打つらしく、これが更年期等々の副作用がひどいらしいのだが、抗がん剤のおかげか止まってしまっているので今のところ飲み薬だけですんでいるからか、汗が吹き出る・目がショボショボするくらいの副作用しかない。
子宮内膜症の薬(ディナゲスト)を飲んでいた頃は1日2回だし、1ヶ月8000円くらいかかってたから大変だったけど、今の薬は2500円程度だし、1日1回だから忘れないし楽チン。

酒と煙草と・・・不摂生に明け暮れてる時は「何をそんなに生き急いでいるの?」と言われるほど楽しく生きてきて、ガンと言われて何かすべてが変わってしまう気がして怖かったけど、今は酒をいかに健康的に飲むか!などと考え、これはこれで毎日楽しく生きているのでありました。
病気前はちょっとしたストレスも多くて、人前で無理してたところもあったけど、私は私。
等身大で背伸びも縮こまりもしないでいいんだよ、って思ってから楽になったし、更に性格の悪さに拍車がかかった気がする。

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2015年10月2日金曜日

2015年9月の医療費と10月の診察

 来月に手術1年になるんで大きい病院で診察がある。
なので今月血液検査、来月結果←を持って行きましょう、ということに。

化粧をしていなかったのでマスクをしていたのだが、採血の時「お願いします」というと看護師さんが「あら?風邪ひいてるの?声が素敵なハスキーボイスよ。」
いや~午前中は酒やけで声がおっさんなんですよ。久々に言われたんで何言ってんのかわからなかった。説明するも「風邪じゃないのかしら。のど痛くない?採血今度にしようか?」
ホントに酒の飲みすぎなんで、やちゃってくださいとお願いした。

今回は小さい子供を連れたお母さんが来ていて、落ち着かないし、お母さんの診察時にはスゲー泣き出して。待合ではいつも本を読むのだが、子供の声って集中できないのよね。

バンドマンや歌手の人でも、未就学児はちゃんとした演奏ができなくなるって人が多いし。
持ってて良かったIPODとヘッドホン。
こんな時はクラシック音楽と決めている。
ショパンを聴きながら前から読め読め言われていた中島らも氏の「今夜すべてのバーで」を読書。


アル中のテスト(久里浜式アルコール依存症 スクリーニングテストKAST)というのが載っていてやってみる。
2点以上で、きわめて問題多い(重篤問題飲酒群)らしい。
計算してみる。
9.9点!やだーなにそれこわい!
ってなってるところに名前が呼ばれた。

目の不調はどうとか肝臓の薬はちゃんと飲んでるかとか聞かれ触診で足のむくみまで見てくれた。
いつもより丁寧なんで何か問題でもあるのだろうかと思ったが、「うん、うん、いいですね!元気そう!」
今回は身体に湿疹ができてしまったので、アレグラも1ヶ月処方してもらう。
来月の結果、糖質抜いて、酒ばっか飲んでたからどういう結果になるか楽しみでもある。

9月の医療費

9月3日 診察代・・・・・1450円

薬代(タスオミン一ヶ月分)・・・・・2270円

2015年9月医療費・・・・・・・・・・合計 3270円
先月は形成もなかったし、自分の病院はこれだけだった。

今月も病気しないように適度に頑張ろう。

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2015年10月1日木曜日

祝禁煙1年、がん手術終了までを振り返る

禁煙、丸一年が経過した。


禁煙なんていつでもできる。だから今しないだけ。」などと言って20年以上続けてきた習慣。
また元気になったら吸うんだろうと思っていたけど、この平成の日本では禁煙している方が過ごしやすい

いつでも吸えるから、今吸わないだけ。」禁煙というより休煙である。


2014年6月頃からだろうか、右胸にしこりらしいものがあり気になり出す。

同年8月1日に41歳にして初乳がん検診、エコー検査も追加され、即紹介状をいただく。

この時しこりは1.6cmほどだろうと言われる。

11日に紹介された病院で検査。

25日にガンと宣告される。この時しこりはやはり2cm以下だと言われる。

が、小さいガンもあり、リンパに転移の可能性もあり全摘と告げられ、そこまでならまだしも乳頭も取ってしまうと言われる。

色んな人の話から、今では温存できると聞いていたのでショックを受ける。

ここで、一言に乳がんと言っても個人差があり、治療方法も変わるのだと知る。

そこから乳がんについての本を読んだ。

どうやら全摘出がベストのようだ。

自分のガンの状況を理解した上で、取りたくないのは当たり前だけど、家族のことを考えた。逆の立場だったら、手術して欲しいと思う。

私も思った。5年後に笑っていられる選択肢をしよう。

今は再建という方法もあると知り、同時再建を希望するも、ガンを治してから後でやったらどうか、と言われるがそこは譲れないと一次二期再建(がん手術時にエキスパンダーを入れ、後日入れ替え)で担当医とも話がついた。

10月中旬に手術とのことなので、お店を9月いっぱいで一時休業すると決めた。

9月はこれ以上吸えないってくらいタバコも吸ったし、酒もよく飲んだ!

10月に入り、手術が都合で下旬になったと言われ24日。せっかく10月から禁煙もしたし、早く済ませたいのに。

入院の準備をはじめるも、意外に色んなものにお金がかかる

今までの下着は使えないので、洗い替えや買って合わなかったものもあり、あとは服。

診察が楽なように前あきの服を探す。パジャマも前あきのものを探すのに苦労した。

いざ入院となると、やはり生活が夜型過ぎて全然眠れない…なんて日も1日だけだったような。

いざ手術も手術室まで歩いて行かされ緊張したし、目が覚めるととても痛かったが、その日の夜中にはフラフラとお湯を汲みに給湯室に行ってカップラーメン食べたりして。

退院も予定通りで、後日、ガンの性質を教えてくれるという。

そして後日、ガンの大きさ4.8cm。バカデカくなってる!2ヶ月で倍以上じゃん!

リンパ節への転移個数2個、ガン細胞の脈管浸潤は広範囲にあり。

kiー67、20% ホルモン感受性(ER100%、PgR70%)HER2遺伝子陰性

ルミナールBと説明を受ける。

11月~は週一ペースで形成でエキスパンダーに水をいれてもらう。

そう、本当に生活が変わったのは退院してからだったのだが、同時再建をしたおかげもあり、治療とかやることいっぱいで、割と特に深く色々考えることもなく突っ走ることができた。

ここまでのことで後悔していることがあるとすれば、同時再建を選んだことかな。

徐々に勉強というか理解していったのでリンパに転移があったってことは再発のリスクは上がるわけで。完全に治療が終わってからでも良かったかな~って思うけど、それは今やはり胸があるから言えるわけで、なければ喪失感半端なくて毎日泣いていたかもしれない。

というわけで、自分が選んだ選択肢はここまですべてベストだと思える。

人それぞれガンのタイプもあり、治療法もたくさんある。

色んな人に色んなことを言われるが、自分を信じ、信じられるお医者さんに会えるのが幸せだが、私の場合はとにかくこのお医者さんを信じようと思ったところから始まり、今がありんす。

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ぶくぶくぶく

半年も更新しないで何していたか?   前回の復活ブログでは書いたりしたけど お店辞めたり新しい治療が始まったり 歌の仕事をまた始めてみたり   特別なことではなく普段は?   とりあえずは薬に慣れるように心がけていた   だからお酒も・・...